国産初の小型ジェット旅客機「MRJ」の初飛行
- つれづれ
国産初の小型ジェット旅客機「MRJ」(三菱 リージョナルジェット)の初飛行
日本の航空機産業は、敗戦による破壊と、
戦後の「空白の7年間」により世界に出遅れました。
戦時中の物資のないときにも関わらず、
日本の戦闘機の余りにも卓越した製造・設計技術を目の当たりにして、
日本の航空機産業を潰さないと、
また「零戦」みたいな手ごわい戦闘機を作ると思ったので、
日本の企業はGHQにより航空機製造を7年間禁じられました。
そのせいで、技術者は、自動車産業に流れ、おかげで自動車産業が発展。
50年前のプロペラ機YS‐11の販売不振以来で、紆余曲折がありましたが、
日本航空産業にとっては大きな転機と、海外からも注目。
1位のブラジルの『エンブラエル』、2位のカナダの『ボンバルディア』が、
小型旅客機市場の大半を占めているみたいです。
あの「エンブラエル」が、リージョナルジェット機分野で、
トップ維持してること自体、驚異。
あの年中サンバ踊ってセクシーに、
腰を振っている彼らがジェット機設計・製造して、
よくぞまあ空から蝿のようにバタバタ落ちてこないかと驚き。
10年以内に、MRJが、小型旅客機市場の2位、
15年位に市場を席巻していることを期待してします。